全国の都道府県労働局等に寄せられた相談件数において、パワーハラスメント(パワハラ)やセクシャルハラスメント(セクハラ)をはじめとする各種のいじめ・嫌がらせの相談は増え続けています。
企業や各種組織においては、ハラスメントをあらかじめ予防するとともに、ハラスメントが発生した場合は適切な対応を行うことにより、従業員が安心して働ける職場環境が実現し、従業員のやりがい・働きがいと組織の健全な発展に結びつきます。
職場のハラスメントが発生した場合、被害者の労働環境が悪化するだけでなく、多くの従業員が会社に対する信頼を失い、貴重な人材の流出等につながる等のリスクも生じます。また、企業のハラスメントへの認識や対応が不十分な場合等、ハラスメント行為者や経営者・管理職には法令上の責任が生じ、多額の損害賠償を求められるケースもあります。
職場におけるパワハラ問題は年々増加しています。
厚生労働省の調査結果によれば、従業員の3人に1人が「過去3年間にパワーハラスメントを受けたことがある」と答えています。
こうした状況を受け、2019年に「改正労働施策総合推進法(通称パワハラ法)」が成立し、パワハラ防止対策は企業にとって法的な義務となりました。
パワハラを防止するには、全従業員がパワハラへの理解を深め、関心を持つことが何より大切です。
1.パワハラとは
まずは、パワハラについて定義を説明します。
職場で起きるパワハラとは、「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係など職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」と定義されています。
この定義においては、
◆上司から部下に対するものに限らず、職務上の地位や人間関係といった「職場内での優位性」を背景にする行為がパワハラに該当します。
◆業務上必要な指示や注意・指導が行われている場合はパワハラに該当せず、「業務の適正な範囲」を超える行為が該当するものと明確にしています。
パワハラの定義を簡潔にまとめると『地位や優位性を利用した苦痛を与えて職場環境を悪化させること』と言えます。それを踏まえていくと、以下の3つがパワハラの判断基準になります。
職場の地位・優位性を利用
業務の適正な範囲を超えた指示・命令
相手に著しい精神的苦痛を与えるなど、職場環境を害する行為
セクハラとの違い
職場で起きるハラスメントもいくつかありますが、ここではセクハラとパワハラの違いを比べてみます。
セクハラは、性的嫌がらせをすることを指します。性的嫌がらせの対象行為としては、相手を不快にさせる言動が当てはまります。パワハラは、相手の人格や尊厳を傷つける言動とされていて、ある程度の内容はありますが、全てが詳細に網羅されているわけではありません。
また、セクハラは男女雇用機会均等法で事業主に対して、その防止が定められていますが、パワハラの防止を定めた法律は無いのが現状です。
※ただし、事業主には働く人の健康や安全を配慮する義務があります。
そのため、職場で起きたパワハラを放置すれば、法律違反になります。
セクハラの場合、被害者本人が「不快に感じた」という感覚が判定のポイントになります。しかし、パワハラの場合は、「不快」というだけで、パワハラ行為があったと判断されるわけではありません。その言動が業務上必要なことか、適切な範囲であるかが問われます。
セクハラとパワハラの主な違いは、以下の通りです。
性的言動は、業務を遂行する上では全く不要です。これに対し、注意指導、業務命令等は業務を遂行する上で必要ですが、程度が問われます。
パワハラについては、業務を遂行する上で必要のない性的言動と比べて、違法と言えないこともあります。
※ただし、暴力はパワハラを超えて犯罪にもなります。
セクハラは個人的な問題であることが多いですが、パワハラの場合は、注意・指導、業務命令等が違法となるか、そこが問題になってきます。
2.パワハラになる具体的な行為
パワーハラスメントの6類型
パワハラについて、裁判例や個別労働関係紛争処理事案に基づき、次の6類型を典型例としてまとめています。
なお、これらは職場のパワハラに該当する行為のすべてについて、全てを網羅するものではないことに留意してください。
1)身体的な攻撃
暴行・傷害
殴る・蹴る・突き飛ばすなど
立ったまま電話営業をさせる
タバコの火を近づける
2)精神的な攻撃
脅迫・名誉毀損・侮辱・ひどい暴言
※上記4つの言動による精神的侵害を受けた結果、うつ病などの精神疾患を患うようなことも起きています。
3)人間関係からの切り離し
隔離・仲間外れ・無視
これらの行為も、度が過ぎるとパワハラに該当する可能性があります。
4)過大な要求
業務上明らかに不要なことや遂行不可能なことの強制、仕事の妨害
明らかに達成不可能なノルマを課され、職場環境が害される場合など
5)過小な要求
業務上の合理性なく、能力や経験とかけ離れた程度の低い仕事を命じることや仕事を与えないこと
例:毎日上司のお世話やお茶汲みのみをさせるなど
6)個の侵害
私的なことに過度に立ち入ること
私的なことに過剰に踏みこんで、相手に精神的な苦痛を与える場合
3.パワハラの企業責任
職場環境と事業者の義務
職場環境とは、働く人が仕事をする場所の環境のことを言います。環境には、部屋の明るさや騒音などから、働く人同士の人間関係など精神的なものまで、全てが含まれます。
労働安全衛生法では、事業者は「快適な職場環境の実現と労働条件の改善を通じて職場における労働者の安全と健
康を確保するようにしなければならない。」と定められています。
職場環境配慮義務とは
一般的には労働者が働くための環境を安全・快適に整備する会社の義務のことを言います。
この義務は雇用契約から生じるものであり、内容は具体的状況により異なります。ここでいう安全とは、通常の業務から生じるような危険だけではなく、他の従業員が及ぼす危険から守るための安全も含まれると考えられています。なお、この義務は事業者(主)側にあります。
ハラスメントに関して使用者が負う義務については、以下のとおり法律に規定があります。
労働契約法5条
使用者は、労働契約に伴い、労働者がその生命、身体等の安全を確保しつつ労働することができるよう、必要な配慮をするものとする。
男女雇用機会均等法11条
事業主は、職場において行われる性的な言動に対するその雇用する労働者の対応により当該労働者がその労働条件につき不利益を受け、又は当該性的な言動により当該労働者の就業環境が害されることのないよう、当該労働者からの相談に応じ、適切に対応するために必要な体制の整備その他の雇用管理上必要な措置を講じなければならない。
以上の規定を根拠に、事業者は職場環境配慮義務を負っています。また、義務に違反して、セクハラやパワハラなどのハラスメント行為を放置することは許されないとされています。
4.事前に行うべきパワハラ対策
パワハラは、加害者が日常的に行いがちです。また、被害者も声を上げにくく、周囲も対応しにくいものです。しかし、会社がこれを放置すると被害が拡大する傾向にあります。
最悪の事態を招いた事例として、パワハラを放置した結果、被害者が精神疾患を患って自殺するということもあります。したがって、パワハラの蔓延を防ぐために、会社を挙げての体制づくりが必要です。
まずは、厚生労働省の『パワーハラスメント対策導入マニュアル』や『職場のパワーハラスメント対策ハンドブック』を入手し、内容を確認することをお勧めします。
パワハラに関する事業者の方針の明確化と周知・啓発
就業規則や書面によって明確にパワハラの定義をしつつ、会社としてどのような対応をするのか従業員に周知し、教育すべきです。
周知用のポスターを社内に張るのもいいでしょう。
相談窓口の設置と適切な対応
パワハラの被害に遭った労働者が相談できる体制を作ることが必要です。
社内の相談窓口は、社員のため相談窓口となって、トラブル防止の
役割を果たします。
迅速な事実調査と加害者・被害者への適切な措置、再発防止措置
相談に対し、事情をよく聞き、パワハラの被害が発生している疑いがあれば、適切な調査を行うことも求められています。
いつ
どこで
誰が
どのように
という視点で、調査結果を詳細に記録しておくことが大切です。
状況次第では、両者の所属配置を見直すことも必要です。また、加害者への懲戒処分の検討も必要になります。ただし、被害者・加害者の聴き取りをした後でもパワハラ行為があったとは言えないこともあり得ます。
申告者・調査協力者等のプライバシー保護と不利益取扱い禁止
パワハラの訴えや、周囲の協力者の話は、プライバシーに踏み込む内容も含まれるため、適切な措置をとることも重要です。
パワハラの相談を受けて事実確認した結果は、訴訟になった場合の重要な資料になりますので、プライバシーの保護に注意して保存して下さい。
また、パワハラの相談や事実確認への協力などを理由として、当事者や関係者の不利益になるような取り扱いは禁止されています。
5.社労士ができるサポート
事業者には、以下のようなパワハラ対策を講ずることが義務づけられています。
パワハラの内容や禁止を周知・啓発すること
パワハラの加害者に対する懲戒規程を作成し、周知・啓発すること
相談窓口を設けること
社員研修などで再発防止を図ること
被害者、加害者のプライバシーを守ること
パワハラの相談をしたことを理由に解雇しないと明示すること
当事務所では、こうした対策を講ずるための支援をします。まず、就業規則や規程などの整備を行い、周知することから始めます。次に、ご要望により社長以下、幹部社員向けの研修を行い、パワハラの内容について理解し、意識づけを行っています。